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また、明日。

マイペースにやってます。

中年が忙しい

過日、中年は忙しいと書きました。

tamako99.hatenablog.com

 

家事育児に仕事をしてるとなれば、1日が30時間あっても、1週間が10日あってもたぶん足りないでしょう。若い頃と同じように「時間が足りない」という状況でも、「遊ぶ時間が足りない」「趣味に没頭する時間が足りない」というのとは異なり、今は「誰かのために」「なにかのために」時間を使うことがほとんどで、自分自身のために時間を使いたくても時間がたりない!というようなことは少ないです。シングルで、子ナシでも、実家の家族のために、キャリアアップのために、仕事にかかわるかもしれない人付き合いのために、などなどなどなど、色々と忙しい人も多いと思います。

 

溜まっている本を読みたい

溜まっているDVDを見たい

溜まっているCDを聞きたい

溜まっている布で何か作りたい

 

家族(親兄弟・パートナー・伴侶・子ども含む)がいる場合、上記のように連続してたっぷり時間をかけて味わうようなものは手がつけにくくなりました。忙しさからなのか、それとも加齢のためかひとつのことを集中して長い時間取り組むのもだんだんと億劫になってくるせいもあります。中年は老年の入り口であり、肉体の衰えを感じるたびに、若い頃と同じように時間を使えなくなっていると自覚するのも特徴的かと思います。

 

このように中年は忙しく、純粋に「自分自身のために」使うまとまった時間やパワーは(若い頃に比して)ありません。例えばおしゃれをして演奏会に行くなんて、ベビーシッターを探したり、食事の支度をしたり、家族の了解をとったりと、そこに行き着く前にもたくさんの「誰かのための時間と労力」が必要となります。そしてそれを実現するのが「毎日のこと」だったとしたら、それは大きな負担となるでしょう。

 

”恋愛市場に返り咲くためのおしゃれ”や”あくなき知識欲を満たすために役に立つのかわからない勉強”のような「全ての能力と時間を我がために!」「必ずしも有益とは限らないけども、勢いにあかせてやってみたい!」というような欲もパワーも随分となくなりました。

 

こうやって人は枯れていくのか…。

 

と、危機感を募らせていたのは2-3年前のこと。今は「あきらめる力」みたいなものがついて、なんとなくそんなフラストレーションも受け流せるようになりました。上に書いたようなことはやりたい、でも現実問題として時間がない。もう、それは仕方がないのです。そこで一念発起して美魔女になろう!という気力もないし、お手伝いさんを雇って「自分に注ぐ時間」をつくるほど収入もない。となれば、現実に折り合いをつけるしか選択肢は残されていません。

 

現実と折り合いをつけて「今!今!今!」ではなく、「この先必ず」と計画すること。その「いつか」が老年になってからだとしても、それでもいい、と思えるものだけにリソース(時間と労力と人脈)を割けるようになったのが、今の自分だと感じています。人生における選択と集中、それが中年を忙しくしているものだと思います。

 

そりゃ忙しいはずだわ。