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また、明日。

マイペースにやってます。

絶望体質改善(私の場合)

どうも物事が思うように回っていない、ということに気づいてしまった。私は完璧主義なところがあるので、できるだけ物事に執着せず、意識的に「なるようになるさ」と思うことにしているのですが、それでも絶望したくなるようなことが立て続けに起き、今、頭を抱えています。

 

しかしそんなときでも脳内に流れるのはモダンチョキチョキズの『THE絶望行進曲』という有様。「いやいや、今はそんなの無理」と思っても引き寄せられるのは「ぜつっぼー♪(ぜつぼー!)ぜつっぼー♪(ぜつぼー!)ぜつぼうまああちっぃ」というサビの部分。自分の脳内音楽ライブラリを呪いかけました。呪うだけ無駄なのでやめましたが。

 

こんなときは美味しいものでも食べようと思って、ランチタイムに行き着けのムスリムごはん屋さんに向かったんです。でも脳内に響く『THE絶望行進曲』に気をとられていたため、食べようと思っていたものの名前がパッとでてこない。でもお店の方がいつも頼むものを覚えていてくれたので「これでしょ?」と言ってくれて、それだけでちょっと気持ちが軽くなりました。

 

 

気持ちが沈んでるときって、「沈んでる」という現象にひきずられることが多い気がします。その低いテンションに浸っていると、どんどんどんどん考えなくてもいいことまで考えたり、あれやこれや過ぎたことを思い悩んでしまい、どんよりしてしまう。少なくとも私はそうです。

 

これって「思考の癖」みたいなものだと思っていて、10代~20代後半まで私はこの「沈んでる」ことから抜け出せずに、ものすごく暗い時期を過ごしました。学生時代の友人に言わせると「境界性人格障害の人とあなたの差がよくわからん」といわれるほどにアップダウンも激しく、自分の中の暴れ馬=感情と思考を制御することがうまくできていなかった。でも、今振り返ってみると感情に引っ張られる割合よりは、「思考の癖」だったんじゃないかな、と思っています。感情の大暴れも厄介なんだけど、それを制御するのはやっぱり思考だと思うので。

 

そんな暗黒時代を脱したきっかけは格闘技でした。29歳のときに思うところあって格闘技をはじめたところ、気持ちの切替がとてもうまくできるようになりました。そもそも何かを全力で殴ったり蹴ったりするなんていうのは日常生活ではありえませんから、この非日常に対して「もっとこうしたらいいかな」「このタイミングじゃないな」と集中していると沈んでる時間がもったいないんです。本当にもったいない。集中してないときは無心ですね、無心。「ああ、今日はあんなミスをしてしまった」なんて思いながらサンドバッグ叩いてるとこっちが怪我しますから、自然と「沈んだ気持ち」に捕らわれることはなくなりました。

 

今は格闘技をしていませんが、ずいぶんと気持ちの切替がうまくなったものだと思います。まぁ、40過ぎてできないのも困りものですが、あのままだったら多分周囲に迷惑をかけ続ける困った人のまま40を越えていたんじゃないかと思います。そういう意味でも格闘技との出会いは神様のギフトともいえるものでした。

 

さて、今日のどんよりムード。午前中はそれこそ絶望して死にそう…というくらい落ち込んでいましたが、今は「さて、今夜は本でも読むかな~♪」というところまで回復しました。仕事をしてることで気持ちの切替ができてるのもあるんでしょうけど、やはり「思考の癖」が「沈んだ気持ちにいつまでも捕らわれない」ようになっているからじゃないかと思います。

 

難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!

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 これ、わかりやすくて面白い。お金についてあまりにも今まで無頓着だったので、今年度後半はお金の勉強を少ししようかと思ってます。