また、明日。

マイペースにやってます。

中年は走りまわる。

他人からの評価や値付けに振り回されるのがしんどいことは20代、30代で散々経験した。まだこれから先も多少なりともそんな値付けに悩まされるのだろう。

 

この値付けが「若さ」「未婚」「彼氏ナシ」「子ナシ」「仕事」などなど年齢+社会属性を基にしていることは多い。年齢なんてのはいつか誰でもじじいとばばあになるので気にしなければいいと思うのだが、社会属性は自ら選択して獲得することができる類のものであるために苦しめられる度合いが大きいのだろう。自分の選択が揺らぐということは、自分の価値が揺らぐことであり、自らを否定されることと等しい(気がする)から。

 

恋愛やおしゃれが若い人の特権のように言われ、長く続く老人の時間には恋愛もおしゃれもセックスも生殖も望めなくなる、と絶望するのは容易い。そして若さの価値が高いように言われる昨今だからこそ、自分が「恋愛市場」や「婚活市場」という「若さ」が高値取引される(と思われる)場所からこぼれ落ちるのではないか、「女の品評会」にあがれなくなるのではないかと心配する気持ちになる、のはわかる。

 

自分のうちなる「結婚願望」や「恋愛市場への参入希望」を足枷にしていては勿体無い。健康でお金に困っているわけでもなければ、漁場を変えて、恋愛市場や婚活市場に突き進んだらいいではないか。今は中年やシニア世代にもやさしい漁場はある。40男と20代の需給がマッチしてるとテレビや雑誌はいうけれど、そればっかりでもないのがこの広い世の中だ。需給がマッチする漁場へGO!声に出さなきゃ・行動に移さなきゃ漁場にたどりつけないYO!歩いてるだけで声かけてくれる時代は終わったんだから、自分で声を出して漁場へ行けばいい。

 

「年取って恋愛やら結婚やらなんてみっともない」というのはドラマの中だけに任せておけばいい。散々、私達を品評会にあげて値踏みしてきたのは世間であり、親世代であり、祖父母世代だ。私達は恋愛至上主義的な育てられ方をしてきたのだ。少女漫画雑誌を思い出せばわかる。「誰と誰がくっついた」「三角関係のなんたら」「王子様が迎えに来てくれる」なんていう話でてんこ盛り。おまけに広告は「願いがかなうラピスラズリ」「両思いになれるおまじない」。思春期の肌から吸収された恋愛情報は、骨の髄までしみこんでいる。今更急には止まれない。

 

おしゃれだって、ミニスカートは履けなくても40代・50代・60代・70代に似合うスタイルはあるはずだ。中年向けのおしゃれなファッション雑誌がないのなら、自分のスタイルを磨いて作り上げたらいい。PiterestでもInstagramでも活用して、セレブでもなんでもどんどん見習ったらいいんじゃないか。プレシャスなのは自分がこれまでに培った、そしてこれから磨き上げていくセンスでいいじゃないか。

 

ここで今までとは異なる挑戦を自分に課し、それを肥やしにできるかで次の40年はきっと変わってくる。それは仕事だって同じだ。そろそろ語れる仕事、自分が采配できる仕事があるはずで、そこで作り上げる信頼や実績が次の10年間を左右すると思う。50代なんて、会社人生においての締めくくりの時期。定年後の再雇用に向けて、シルバー人材の中でもピカピカ光れる存在になるために、これまでとはことなる種類の肥やしをせっせと畑に入れて育てればいい。

 

そんな風に思いながら中年は今日も走り回っている。